「将来への布石」
忘れてた。
ということではない。
忙しくなった、ということ。
時間、というのにはやはり限りがあり 私のようなフリーランスには状況によって波、という自分でコントロールできない不確定要素に翻弄される時が往々に訪れる。
一つの仕事が次の仕事へと、という表現が当てはまるのか、と。
今、この瞬間、で切るなら海外での仕事は止まったままである。
いつでも再開できる段取りはできてはいるが 例えばこのコロナ禍がある程度 薬、ワクチンの開発によって落ち着きを見せた、としても傷付いた経済、落ち込んだ所得が直ぐに劇的な回復を期待できるものではない。
私の海外でのビジネスは実体経済の上に成り立っているだけに 実生活が戻るのにはある程度の時間は間違いなく必要であり アフターコロナの世界がどういう展開を生むのか、という方向性を見定めることも重要になってくる。
今、間違いなく言えることは私が持っている海外(特に東南アジア)ではビジネスにはならない、という客観的な事実である。
といっても悲観的になっているわけでは勿論ない。
元々私は楽観主義であるし 何か一つのビジネスに固執しているわけではない。
海外、しかも東南アジアを主戦場にしている私からするとカントリーリスクは元々高い、と考えている。
インドネシアで関わったインドアアミューズメントでは予測を遥かに上回る利益を上げたがタイバーツ暴落の余波をモロに受けてインドネシア ルピアは一晩にして価値が約3分の1になった。
当時私が携わった時点で1円は24ルピアだったが一日で60ルビア 一週間後には80ルピアに 現在は100ルピアを超えている。
一夜にして経済は破綻した。
輸入品はあっという間に価格が暴騰し、国民は暴徒と化した。
至るところで略奪は起きた。
超優良プロジェクトはあっという間に不良案件に変わってしまった。
ビジネスパートナーであった某商社役員の一言は未だに覚えている。
世界に類を見ない出来事が起こった。と。
が それも受け入れるしかない現実がそこにある。あった。
そんな経験から私には 自分若しくは自分たちにはコントロールできない不確定要素が否応なしにあることを理解した。
だから今の世界を見ても別段に悲観的にはならない。
その中だからこそ、その中でもやれることはある、あるはずだから。
いくつかの案件の中でその時代、状況下の中で何を選択し推し進めていくのか、という それだけ。
市場分析、状況分析、といった客観的なものと今後起こりうることの予測を踏まえた上での直感力が試されると捉えている。
勿論 そのリスクヘッジをどう取るのか、というバランスを持って、ということだが。
今シフトしている日本でのビジネス。
が 勿論私の中には 将来的に海外とどう連動させていくか、が念頭にある。
外しては考えていない。考えられない。
利益率が違うから。
何れ時間はかかるにしても 以前のレベルには回復するだろうし そうなればまた良いビジネスに戻すことは、新たに創り出すことは可能性として高い、と判断している。
今まで培ってきたノウハウであり 現地のビジネスパートナーとの関係は変わりないから逆により深く関わりを持てる、あるいは新たな分野に、という可能性もある。
であるなら 今何をやるべきか、何ができるか、に集中している。
「日本でいる私」が できることは、である。
こんな時だからこそ関係は深まっている。
目の前の利益からはかけ離れた部分で。
これも将来への一つの布石。
今を生きながら 次を見据えた戦略、中々に忙しい、時間は足りない。
そんなところ。
また
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